Nagano Morita, a Division of Prager Metis CPAs

NAGANO MORITAは、プレーガー メティス米国会計事務所の日系部門です。

アメリカにおける移転価格税制(その1)

トランプ関税が世界経済を揺るがしている。多くの日本企業はアメリカ輸出貿易における関税対応に翻弄されている。予期せぬ関税コスト増を、輸出価格に上乗せするとともに取引価格をどう調整すべきか、悩むところである。そこで移転価格ポリシーの見直しに迫られている企業も多いのが現状である。移転価格とは、海外関連企業間での商品等を移転(Transfer)する際の価格(Pricing)である。その税務上の妥当性を調べるのが移転価格税制となる。日本親会社と米国子会社との間における商品・サービス・無形固定資産の取引きが、独立企業間(Arm’s Length)の適正水準で取引されているかどうか、各国の税務上観点から精査されるのだ。今回は、アメリカ側から見た移転価格税制の背景としくみついての概要を説明したい。

 

A. アメリカ移転価格税制の背景

 

アメリカの移転価格税制の歴史的背景を見てみたい。遡ること1928年、IRS(米国連邦税務当局)は「真の課税所得」を算定するための基準として「独立企業原則」(Arm’s Length Principle)の概念を始めて導入する。この独立企業原則をベースとする税務規則が、その後数十年間にわたり幾度かの改訂を経る。そして1954年、アメリカ移転価格政策の基礎となるIRC482条が施行される。IRC482条とは、多国籍企業間による脱税を防止するため、関連会社間における収入、控除、税額控除、課税所得を調整する法的権限を、IRSに付与する規定である。このIRC482条では、物品、サービス、または無形資産の移転を含む海外関連会社間取引を対象としている。IRSは、海外関連企業と取引している米国企業に対し、その企業の課税所得を校正する法的権限を与えたのだから、当時は画期的な政策転換であったに違いない。さらには1990年、連邦議会により移転価格に関する罰則規定が明確化される。IRC6662条(後述)における移転価格ペナルティーを盛り込むとともに、これを回避する手段としての移転価格文書化(ドキュメンテーション)提出を、企業に義務付けたのだ。さらには国際関おける移転価格枠組みを構築するため、1995年、日本やヨーロッパ諸国等を含むOECD(経済協力開発機構)において、独立企業原則を共通概念としてガイドラインを採用している。
 
 

B. 対象となる取引

 

移転価格税制の対象となるのは、有形商品の貿易のみと誤解されることが多い。移転価格は、海外関連会社間における全ての活動を包括している。商業的および経済的な便益の取引であれば、全てが移転価格税制の対象となりうるのだ。具体的には以下の取引に分類できる。
 
a) 有形資産の売買取引(商品、製造設備等)
b) 無形資産の使用許諾取引(知的財産、ライセンス契約等)
c) 役務提供取引(マーケティング、エンジニアリング、マネージメント支援等)
d) 金融取引(企業間ローン、金融保証等)
 
アメリカにおける移転価格税制の実例を紹介する。2020年11月の米国コカ・コーラ社 VS IRSに関する判決である。全米屈指の飲料ブランドを持つコカ・コーラ社は、トレードマーク、商品名、ロゴ、特許、独自の製造プロセス等、多数の無形資産を保有している。それら使用許可を、数々の海外関連子会社に付与しており、その見返りとして、ロイヤリティや配当金を、米国社は受け取っていた。これにIRSは着目した。IRSは、ロイヤルティ額と配当金額の算定方法を問題視、2007年から2009年には適正価格で取引されていないというスタンスで提訴した。税務上の裁判紛争にまで発展、結果的としてIRS側の勝訴、2007年から2009年の3年間で、米国コカ・コーラ社に$90億ドルの課税所得を追加、$31.5億ドルの追徴課税を課すことになったのである。
 
 

C.移転価格ペナルティー

 

それでは、移転価格税制の違反によるペナルティーはどのように計算されるのか。ペナルティー計算方法は、IRC6662条(accuracy-related penalty)の内に規定されている。移転価格ペナルティーは、二つのレベルで構成されている。一つは、関連会社間の貿易取引額等を基準とするTransactional Penalty、もう一つは関連会社間取引による収入又は課税所得を基準とするNet Adjustment Penaltyである。以下それぞれについて説明する。
 

a. Transactional Penalty (取引額ペナルティー)

 
(1) Substantial Valuation Misstatements (IRC6662条(e))
 
IRC482条更正後の適正価格50%以下と判定(取引価格が適正値を下回る)か、もしくは200%以上(取引価格が適正値を上回る)変動した場合、追徴課税に対する20%ペナルティーが課される
 
(2) Gross Valuation Misstatements (IRC6662条(h))
 
IRS482条更正後の適正価格25%以下と判定(取引価格が適正値を下回る)か、もしくは400%以上(取引価格が適正値を上回る)変動した場合、追徴課税に対する40%ペナルティーが課される
 

b. Net Adjustment Penalty (IRC6662条(e))

 
IRC482条更正後の適正課税所得が、500万ドルもしくは更正後の収入変動率10%どちらか小さい方を超えた場合、追徴課税に対する20%ペナルティーが課される。更に、この更正額がそれぞれ、2,000万ドルないし20%どちらか小さい方を超えた場合、追徴課税に対する20%ペナルティーが課される。
 
これらペナルティーは追徴課税に加えて課される。理論的にこの二つのペナルティーは同時に適用されうるが、実務上はNet Adjustment Penaltyのみの事案がより多く見られる。
 
 

D. まとめ

 

クロスボーダーの取引活動が増えるなか、税務上の透明性と公平性を確保するため、アメリカの移転価格税制は進化し続けてきた。日本とアメリカを含むOECD諸国では、独立企業原則に基づいた移転価格税制のガイドラインを採用している。アメリカではIRC482条を根拠として、米国企業の取引額、所得額を強制的に更正できる権限が、IRSには与えられている。海外関連会社間による有形商品の貿易のみならず、無形資産の使用サービス、役務提供、金融取引も更生対象となりうる。ペナルティーは、更正後の適正課税所得比をベースに計算される事案が多い(Net Adjustment Penalty)。よって、日米間における貿易の適正価格評価や、バランスとれた移転価格ポリシーは、健全な企業経営の舵取りにとって大切になろう。
 
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