Nagano Morita, a Division of Prager Metis CPAs
NAGANO MORITAは、プレーガー メティス米国会計事務所の日系部門です。
会計税務情報 2025年12月23日号
Nagano Morita, a division of Prager Metis
移転価格は、大企業特有の問題と捉えられがちである。しかし実際には、多くの日系企業に関係する重要な会計税務の領域である。米国税務においては、IRC §482 が中心的な規定として位置づけられており、関連者間取引を独立企業間価格へ調整するための強制的な介入ルールとして機能している。IRC §482 に基づく更正やペナルティーを緩和・回避するためには、移転価格文書化(ドキュメンテーション)の整備が不可欠である。しかし、移転価格対応は文書化のみで完結するものではない。会計基準、税務申告、国際税務開示など、複数の制度にまたがって移転価格に関連する情報開示が求められているのだ。本ニュースレターでは、移転価格文書化に加えて企業が対応すべき主要な会計・税務上の開示実務と、その対象企業について整理する。
ASC 740-10(旧 FIN 48)は、US GAAPのルールである。企業が税務上の潜在債務を決算時に包括的に検証し、財務諸表に反映することを求める米国特有の会計基準だ。在米日系企業としては、 Uncertain Tax Position(UTP:不確実な税務ポジション) を自ら認識・測定する必要がある。移転価格は、その典型的な UTP の一つとされる。
具体的にASC 740 では、税務調査の対象となり得る年度について、以下の 2 ステップにより潜在的な税務債務を判断することが求められている。
1. Recognition(認識)
税務ベネフィットが More Likely Than Not(MLTN:50%超) の基準を満たすかを判定する。
2. Measurement(測定)
MLTN 基準を満たす場合、累積発生確率が 50%を超える金額までを税務ベネフィットとして認識する。一方、それを超える部分(IRS に否認される可能性が高い UTP)については、UTP(ASC 740) Liability として負債計上する(追徴課税および移転価格ペナルティー相当額)。
ASC 740 は、財務報告基準であるため、提出義務という概念はなく、US GAAP を適用するすべての企業が対象となる。
Form UTP(Uncertain Tax Position Statement)は、ASC 740(会計基準)の税務申告版である。すなわち、財務諸表において認識された UTP のうち、一定の基準を満たすものを Form 1120 と併せて IRS に開示するための申告書だ。移転価格は、その典型的な記載対象項目である。
<提出対象企業>
以下のすべてを満たす企業が提出義務を負う。
Form 1120 を提出する C Corporation
総資産が 1,000 万ドル以上
ASC 740 に基づき UTP 債務を財務諸表上認識している
当該年度に新たな税務ポジションを取った、または過年度から継続している
※ S Corporation およびパートナーシップは対象外である。
Form UTP は、IRS 側がリスクの高い税務ポジションを効率的に把握することを目的とした制度である。
Form 5471 は、米国人(個人・法人)が一定の外国法人に関与している場合に提出が求められる情報申告書である。海外子会社の財務情報、関連者取引、Earnings & Profits(E&P)などを IRS に報告する役割を担う。
<提出対象者(Categories 1〜5)>
以下のいずれかに該当する米国人が対象となる。
Category 1:特定の大規模外国法人(SFC)の米国株主
Category 2:外国法人の役員・取締役に就任した米国人
Category 3:外国法人株式を一定割合以上取得した米国人
Category 4:外国法人を支配する米国人(>50%)
Category 5:CFC の米国株主(>10%)
Form 5471 は、IRS が移転価格リスクを把握する際の重要な情報源の一つである。未提出の場合、1年1社につき 10,000 ドルのペナルティーが科される。
Form 5472 は、外国関連者との取引を行う米国法人等に提出が義務付けられている情報申告書であり、移転価格に関連する取引の開示が中心となる。
<提出対象企業>
以下のいずれかに該当する企業が対象となる。
外国人が 25%以上所有する米国法人
米国で事業を行う外国法人(U.S. trade or business)
開示対象取引には、物品売買、役務提供、ロイヤルティ、貸付などが含まれる。未提出の場合、1 Form(1関連者)につき 25,000 ドルのペナルティーが科され、国際税務分野において最も重いペナルティーの一つとされている。
BEPS(Base Erosion and Profit Shifting)は、OECD を中心に G20 諸国間で合意された国際的な税務ルールである。このうち Action 13 では、移転価格文書化に関する国際標準を定めており、以下の 3 層構造が採用されている。
マスターファイル(多国籍企業グループ全体の共通説明書)
ローカルファイル(各国子会社ごとの移転価格文書)
CbCR(Country-by-Country Report:国別の利益・税金・人員情報)
<CbCR の提出対象企業>
前年度の連結売上高が 8億5,000万ドル以上、または各国基準額(多くは 7億5,000万ユーロ)を超える多国籍企業グループについては、Ultimate Parent(例えば日本本社)が米国IRSに対し Form 8975 を提出する。
以上をベースとして、在米日系企業としては、IRC §482 に基づく移転価格税務調査に備え、以下の移転価格3点セットを準備することが推奨されている。
Form 5472/Form 5471
移転価格文書化(米国ローカルファイル)
グループ内取引契約書(日・英)
いうまでもなく、企業グループ全体の移転価格ポリシーの観点から、整合性を取る必要がある。これらの間で整合性が取れていない場合、移転価格の合理性を十分に説明できず、IRS 調査において不利となるだけでなく、グループ内支払が寄附金・配当・過大費用として否認されるリスクがあるのだ。一方、整合性が確保されていれば、移転価格の一貫性と合理性を説明でき、日米両国の税務当局への対応も円滑に進めることが可能となる。
企業の移転価格ポリシーは、単なる移転価格文書化にとどまらない。ASC 740、Form UTP、Form 5471、Form 5472、BEPS(CbCR)といった複数の会計・税務制度にまたがる総合的な実務対応が求められている。日系企業は、これらの制度を体系的に理解し、適切に対応することで、企業グループ全体の税務リスク管理を、安全かつ効果的に強化することができる。
<本ニュースレターは、米国における一般的な動向や情報をご案内する目的で配信している。具体的なご質問やアドバイス等は専門家に直接ご相談下さい。>