会計税務情報 2016年11月号
永野森田米国公認会計士事務所
メジャーリーグ選手と税務について
2016年は鈴木イチロー選手(マイアミ・マーリンズ)が米国メジャーリーグで3, 000本安打を達成したことが話題になった。これをうけ、野球殿堂(Hall of Fame)入りの声も高まっている。ところで、イチロー選手を始めとするMBL選手の場合、所得の源泉地(州)は試合のあった州ということになる。このためホーム・ゲームとアウェイ・ゲームを繰り返すことにより、所得の源泉地(州)がかなりの数になることが多い。イチロー選手の場合について具体的に見ると次のようになる。現在イチロー選手が所属しているマイアミ・マーリンズの本拠地はフロリダ州であるが、今シーズン全161試合のうちホームでの試合は80試合、アウェイでの試合は81試合となっており、アウェイ試合の内79試合がフロリダ州以外の13州での試合であった。つまり、一般のオフィス・ワーカーのように毎日同じオフィスや州内で仕事をしている環境とは違い、仕事の半分以上は他州への出張で、出張先(遠征先)の州に所得の源泉があることになる。今月号は、このような状況が、スポーツ選手の州所得税にどのような影響を及ぼすのか紹介したい。
Jock Tax制度
MLB選手のようにホーム・ゲームとアウェイ・ゲームを繰り返すようなスポーツ選手の場合、所謂「Jock Tax」と呼ばれる州税が課せられる場合がある。Jockとは男性アスリートを指す俗語であるが、このJock Tax は、MLB選手だけではなくNBA、NFL などのプロフェッショナル・スポーツ選手が本拠地以外の州で試合する場合に遠征先の州がその選手の収入に対し課す州所得税である。対象になっているのはプロフェッショナル・スポーツ選手だけではなく、チーム所属の従業員、または各州を巡業するようなバンドや歌手などのエンターテイナーも含まれる。
MLB選手などのプロフェッショナル選手の場合、アウェイ試合の州での収入(Earned Income)は、練習やミーティングなどに費やした日数も含めたDuty Days を算出し、それぞれの州で得たとみなされる収入を以下の算式で計算する。
年俸 x (Duty Days in State /Total Duty Days) = Income Earned in State
米国50州およびワシントンDCのほとんどがJock Tax を課しているが、テキサス州、フロリダ州、ワシントン州、アラスカ州、ネバダ州、サウス・ダコタ州及びワイオミング州では州所得税がそもそも存在しないため、Jock Tax がない。一方、カリフォルニア州やニューヨーク州はそれぞれ13.3%、8.82% (最高税率、2016 年1月現在)と全米でも高率の所得税を課している。また、一般にアメリカでは市が所得税を課すことは少ないが、ニューヨーク市、デンバー市、デトロイト市他、例外的に市所得税を課すところがある。それら所得税のある市で、当該市に居住していない者に対しても所得税を課税する規定のあるところでは、Jock Taxが発生する可能性がある。
Jock Tax計算例
先にも述べたイチロー選手はチーム本拠地がフロリダ州にあるため、イチロー選手の税務上の居住州もフロリダ州であると仮定する。フロリダ州は所得税がないためフロリダ州への州所得税は発生しないが、アウェイ試合でフロリダ州以外での試合に参加したDuty Day についてそれぞれの州に対してJock Tax が発生する。2016年でのイチロー選手の年俸が約$ 2 Million 、Total Duty Days を全161試合で161日とすると、アウェイ試合数で按分した各州に対するEarned Incomeは以下の式で算出される。
Earned Income in State A = $2,000,000 x (Duty days/161 days)
ちなみに、2016年のマイアミ・マリーンズのアウェイ試合、81試合の州別内訳に2014年度の税率を適用した場合の概算Jock Tax(州税のみ)は以下の表のようになる。
Marginal Tax Rate |
||||||
|
Away Games |
(as of 1/1/2014) |
Duty Days % |
Estimated Earned Income |
Estimated Jock Tax |
|
アリゾナ州 |
3 |
試合 |
4.50% |
2% |
$ 37,267 |
$ 1,677 |
カリフォルニア州 |
13 |
試合 |
13.30% |
8% |
$ 161,491 |
$ 21,478 |
コロラド州 |
3 |
試合 |
4.63% |
2% |
$ 37,267 |
$ 1,725 |
フロリダ州 |
2 |
試合 |
0.00% |
1% |
$ 24,845 |
$ – |
ジョージア州 |
10 |
試合 |
6.00% |
6% |
$ 124,224 |
$ 7,453 |
イリノイ州 |
3 |
試合 |
5.00% |
2% |
$ 37,267 |
$ 1,863 |
ミシガン州 |
2 |
試合 |
4.25% |
1% |
$ 24,845 |
$ 1,056 |
ミネソタ州 |
3 |
試合 |
9.85% |
2% |
$ 37,267 |
$ 3,671 |
ミズーリ州 |
3 |
試合 |
6.00% |
2% |
$ 37,267 |
$ 2,236 |
ニューヨーク州 |
10 |
試合 |
8.82% |
6% |
$ 124,224 |
$ 10,957 |
オハイオ州 |
7 |
試合 |
5.39% |
4% |
$ 86,957 |
$ 4,689 |
ペンシルベニア州 |
10 |
試合 |
3.07% |
6% |
$ 124,224 |
$ 3,814 |
ワシントンDC |
9 |
試合 |
8.95% |
6% |
$ 111,801 |
$ 10,006 |
ウィスコンシン州 |
3 |
試合 |
7.65% |
2% |
$ 37,267 |
$ 2,851 |
|
81 |
試合 |
|
|
$ 1,006,211 |
$ 73,476 |
以上のように、概算では計 $ 73,000以上ものJock Tax が発生することになり、州所得税がないフロリダを本拠地にしていても、税率の高いカリフォルニアやニューヨーク遠征を中心に州所得税を課税される結果になる。
一方、イチロー選手の場合と異なり、州所得税が存在するカリフォルニア州等を本拠地にしている選手の場合には、ホーム・アウェイに関係なく全年俸に対してその州の州所得税が課せられることになる。このためJock Taxとの二重課税が問題になる。この点、カリフォルニア州などの州では他州では支払ったJock Taxをカリフォルニア州の税額計算上、Tax Creditとして扱い、税額控除を認めることで二重課税を回避しようとしている。しかしながら、カリフォルニア州などそもそも税率が高い州では、他州の税額控除を利用しても、結局、本拠地の州の税率x全年俸に相当する州税を払う結果になる。LAドジャーズの前田健太選手やNYヤンキーズの田中選手は州税からの観点からは不利な州を本拠地にしているようである。
Jock Tax 問題点
カリフォルニア州はMLBが5チーム、NFLが4チーム、NBAが4チームなど多くのプロフェッショナル・チームを持つ州である。州にとってはJock Tax からの税収は大変ありがたいことではあるが、選手にとっては州所得税の税務申告を複雑にしており問題になっている。さらに、先にも述べたが、Jock Tax の対象が必ずしも高収入であるプロフェッショナル選手だけではなく、そのチームに所属するトレイナーなど遠征に参加している従業員にも課せらるため過大な負担になっているとの指摘もある。
日本人メジャーリーガー
現在、MLBには日本人がイチロー選手以外にもダルビッシュ有選手(テキサス・レンジャーズ)、前田健太選手(LAドジャーズ CA)、田中将太選手(NYヤンキーズ)など約10選手が活躍しているが、所属しているチームの所在する州は様々である。イチロー選手一人を取ってみても、シアトル・マリナーズ(2001 ~ 2012)、ニューヨーク・ヤンキーズ(2012 ~ 2014)、マイアミ・マーリンズ(2015 ~ 現在)とチームを転籍しており、それぞれワシントン州、ニューヨーク州、フロリダ州とチーム転籍の度に本拠地の州も変更となっている。州所得税の観点から各選手の本拠地を眺めてみるのも一興かもしれない。なお、今期の日本シリーズでは日本ハムと広島の対戦となったが、目玉は日本ハムの大谷翔平選手であった。時速160km(約99Mph)以上の剛速球を投げる投手でありながら2016年は22本の本塁打を打つマルチ選手であり、現在の日本人選手で次のメジャーリーガー有力候補である。日本の場合には通常7年でポスティング制度を使って海外への転籍が可能になるため、大谷選手の場合には3年後の2020年にはメジャーリーグ移籍の可能性がある。もし大谷選手がメジャーリーグで活躍する場合にはどのチームに入団するのか注目されるが、そのチームの本拠地がどの州にあるかにより税金の額も大きく変わってくる。カリフォルニア州には最多の5球団があるが、一番税率が高い州でもあるため、同じ年俸でも州税のないフロリダ州(2球団)やテキサス州(2球団)にくらべると税負担が大きい。チーム選択の上で税務上の判断が優先することはないと思われるが、税金対策を踏まえた契約交渉をするというのも一案である。
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