会計税務情報2016年7月号
永野森田米国公認会計士事務所
新リース会計基準の在米日系企業への影響
去る2016年2月、FASB (米国財務会計基準審議会) は10年にも及ぶIASB (国際会計基準審議会) との共同プロジェクトの成果として、Accounting Standards Update (ASU) 2016-02 Leases (Topic 842) を公表した。以下では、新リース会計基準について借手の視点から概要をまとめるとともに、日本に親会社がある在米企業における影響について分析していきたい。
1) 新リース会計基準の概要
新基準におけるリースは、「対価と交換で、一定期間にわたり、特定の有形固定資産の使用をcontrolする権利を引き渡す契約、または契約の一部」と定義される。リース契約に該当する場合、借手はリース開始日において、リースの分類を判定をすることが要求されている。詳細な要件についてはここでは割愛するが、原資産 (underlying asset) に対するcontrol*1が実質的に借手に移転しているか否かにより判定する。Controlが移転している場合には、ファイナンス・リース取引として処理し、controlが移転していない場合には、オペレーティング・リース取引として処理する。細かな違いはあるが、基本的に現行基準で言うキャピタル・リースが、新基準ではファイナンス・リースに分類されると考えてよい。
*1 ファイナンス・リース取引の判定における「control」は、リース契約か否かの判定における「使用のcontrol」にとどまらず、使用を含むその資産からの経済的便益のほぼ全てを「control」するという意味でのcontrolである。この「control」概念は収益の認識で議論された「control」概念と同じである。つまり、資産が売買されたに等しい場合=ファイナンス・リース取引という文脈でcontrol概念が持ち出されている。収益認識基準のcontrol概念は、当ニュースレター2014年9月号を参照されたい。
http://www.nagano-morita.com/news.php?itemid=397&catid=20
いずれのリースに分類されたとしても、リース開始日における使用権資産 (Right of Use Asset) 及びリース負債 (Lease Liability) は、最低支払リース料 (Minimum Lease Payment) の現在価値により貸借対照表に計上される。すなわち、現行の米国基準ではオフバランスとなっているオペレーティング・リース取引を含め、新基準では原則として全てのリースを貸借対照表に計上しなければならない。
貸借対照表に計上後、ファイナンス・リース取引は、実効利息法 (Effective Interest Method) により利息費用が認識され、使用権資産は定額法により経済的耐用年数、またはリース期間にわたって償却されるのが通常である。これらの扱い方は、従来のキャピタル・リース取引の会計処理の原則と同じである。一方オペレーティング・リース取引は、リース期間にわたって利息分を含んだ最低支払リース料を、リース期間にわたり毎期定額でリース費用として処理する。そのため使用権資産の償却額は、当該定額の費用処理額から実効利息法による利息費用額との差額により算定される。つまり、現行の米国基準では、オフバランス処理が認められているオペレーティング・リース取引が、オンバランス処理され貸借対照表上に使用権資産及びリース負債を計上することになる一方、損益計算書上での費用処理額は、現行の基準と原則として同じになる。[設例]
借手は2年間のリース契約を1年目の期首に締結し、1年目末1万2,000ドル、2年目末に1万2,000ドルを期末に支払うことになった。この2万4,000ドルは最低支払リース料で、実効利率はおよそ13%、それにより割引された現在価値は2万ドルであるとする。なお、この場合の1年目の利息分は2,613ドル、2年目の利息分は1,387ドルとなる。
ファイナンス・リース取引と判定された場合
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オペレーティング・リース取引と判定された場合
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*2 損益計算書での実際の表示は、ファイナンス・リース取引の場合、利息費用と使用権資産償却を分けてそれぞれ表示するのに対して、オペレーティング・リース取引の場合、利息費用と使用権資産償却をまとめてリース費用として表示する。
2) 例外的な処理 (短期リース)
契約期間が12ケ月未満のリース (短期リース) では、借手が使用権資産及びリース負債を貸借対照表に計上することなく、リース期間にわたり定額 (一般的には月割額) を費用計上することができる。この処理は、現行の米国基準におけるオペレーティング・リース取引の会計処理とほぼ同様である。また、短期リースに購入オプションがある場合でも、その行使が合理的に確実でない場合、短期リースとしての扱いを阻害することはない。一方で、日本基準で認められているような、重要性の乏しい少額リースをオフバランスで費用計上する処理は、新基準においては認められていない。但し、通常の固定資産の計上基準における重要性の判断と同様の基準を用いることは否定されないと解される。このため、各企業は固定資産計上基準と整合したかたちで、リース契約の使用権資産の計上基準を策定することになろう。
3) 適用時期と移行措置
新基準は、公開企業は2018年12月15日、非公開企業は2019年12月15日より後に開始する事業年度から適用となる。つまり、非公開企業の場合、12月決算企業であれば、2020年1月1日に開始する事業年度から、3月決算企業であれば、2020年4月1日に開始する事業年度から適用となる。また、全ての企業に早期適用が認められている。
具体的には、修正遡及移行アプローチ (Modified Retrospective Transition Approach) が用いられ、新基準が財務諸表に表示される最も早い年度から適用される。例えば、12月決算企業で2期間比較の財務諸表を作成している会社であれば、2020年度の財務諸表の作成に当たって2019年度の期首から新基準を適用したものとして開示しなければならない。但し、企業は経過救済措置 (transition relief) の適用を選択することで、既存のリース契約について再評価を行わず、新たなリース契約から新基準を適用できる。
4) 財務的な影響
上述のとおり、ほとんどの企業で貸借対照表に計上される使用権資産及びリース負債が増加することから、総資産利益率 (Return on Assets) や負債比率 (Debt Ratio) など、主要な財務指標がこの会計基準の変更により悪化すると予想される。このような指標により、予算統制や業績評価を行っている企業は、対応が必要になると思われる。また、借入に対して財務制限条項 (financial covenant) がある企業については、特に注意が必要である。
5) まとめ
現状では、オペレーティング・リース取引に分類されるリース契約について、継続的・網羅的な管理がなされず、単に毎月支払う度に費用処理されている場合が多いと思われる。しかしながら、新基準では契約時に使用権資産及びリース負債を計上し、継続的な簿価管理のもとで費用処理を行っていかなければならない。また、オペレーティング・リース取引についてオフバランスを認めている日本基準からの重要な相違となるため、親会社での連結決算への取り込みにあたって特別な調整、若しくは説明が必要となってくると想定される。新基準がリース契約の会計処理のための事務処理負担を増大させることは間違いない。このような事務負担を考慮し、従来リース契約していた資産を購入に切り替えることも一つの選択肢となろう。また、オペレーティング・リース取引の経過救済措置の適用を受けるため、現行の基準が適用される間にリース契約を見直すことや、短期リースの規定を利用するため、リース契約期間をあえて12ケ月未満に短縮する動きも出てくるかも知れない。しかしながら、既存の契約を無理に修正することで取引条件が悪くなるリスクや、契約期間を短縮することで経営が不安定になるリスク、また12ケ月未満のリース契約を必ずオフバランスにできるわけではないことなどを考慮に入れた慎重な対応が求められる。今回のリース基準の改正は、近年の会計基準の改正の中でも実務的な対応事項が極めて多いため、特に影響の大きい多店舗展開している飲食小売業などは、早めの対応を検討する必要がある。