会計税務情報2014年5月号
永野森田会計士事務所
海外金融資産開示制度(1)FBAR最新事情
きたる6月30日(月)は、FBAR(Foreign Bank Account Reporting)のe-file(電子申告)が義務化されて初めての期日となる。米国申告者にとっては要注意となる。従来のペーパー報告では許されず、すべて電信申告によるフォームへ変わる。しかもe-fileを一日でも遅らせると罰金が科せられる。米国では、こういった海外金融資産に対する開示義務の環境が年々厳しさを増すなか、申告方法およびそれを怠った場合の対応方法を正確に知ることが生活する上で重要となる。今回は、こうしたことと照らし合わせて、海外金融資産開示義務のなかで最も良く知られるFBARについて最新事情をまとめてみた。
1. Foreign Bank Account Reporting (FBAR)概要
FBAR(発音は「エフバー」)は、1970年に制定された銀行セキュリティー法に基づく制度である。マネーロンダリング、テロ資金対策を目的としている。そのため運営主体は、内国歳入庁(IRS)ではなく財務省(Department of the Treasury)のなかのホワイトカラー犯罪を取り締まる特別組織Financial Crimes Enforcement Network (FinCEN、発音は「フィンセン」)が所管している。ワシントンDCで働く340人の金融犯罪専門のエリート集団だ。このFinCENは、従前からIRSに委託して“Form TD F 90-22.1”と呼ばれるフォームを普及推進してきた。しかし2013年度の申告(2014年6月30日期限)からは、新しくFinCEN Form 114として生まれ変わり、直接FinCEN宛にe-fileされることに制度は変更された。
対象となる金額は、銀行や証券などの金融口座(複数の口座がある場合はそれらを全て合算)の評価額が、年間を通じて一度でも1万ドルを超える場合となる。
報告内容は、これまでのTD F 90-22.1とほぼ重なる。つまり、これらの金融口座の評価額、金融機関名、金融機関の所在地などを口座ごとに報告する必要がある。口座名義については、本人のみならず他人名義であって実質的に利益が本人に帰属する口座(借名口座)も含まれる。
対象は米国市民、居住者および法人となっており、法人も含まれることに注意が必要だ。ただし、外国法人の米国支店は含まれない。また個人の場合、長期滞在ビザを持たない出張者も183日テスト(注1)の結果次第では居住者と看做されて報告対象になる場合があるので注意が必要である。
翌年6月30日までにe-fileしなければ遅延・罰金の対象となる。期限の延長はできない。
例題1(個人):エリート銀行マンは、ビザステータスで米国に3年駐在している。最近、自分の父が15年前から断りも無く自分名義の口座を日本でつくり、少しづつ資金を移動していたことを知る。2010年末から2013年末までの間は2万ドルにまで記録されていた。この場合、米国に居住期間、3年前に遡ってDelinquent FBAR申告する必要がある。(あるいはOVDP:海外資産自主開示プログラム 参加可能)
例題2(個人):トップ商社マンは、米国に2013年中に数回出張し、米滞在日数が計183日を越えてしまった。一方、家族と自宅は日本であり、第一次居住地は日本。日米租税条約4条の2節により、商社マンは日本の居住に該当するために2013年は米国非居住者、Form 1040NRとともに租税条約ポジションを開示するForm 8833を申告する。この場合、米国非居住者申告フォームを利用するものの183日テストを満たしているため、米国外の外国口座に関するFBARを申告する必要がある。
例題3(法人):ベスト物流会社は、ロングビーチにカリフォルニア法人を設立する。さらにそのカリフォルニア法人経由で100%株保有のメキシコ法人を出資。この場合、カリフォルニア法人は、メキシコ法人の金融口座をFBAR申告する必要がある。
2. ペナルティー概要
違反には罰金が科せられる。Non Willful Violation (故意ではない違反)は罰金1万ドル以下、Willful Violation(故意による違反)は罰金10万ドルまたは資産価値50%のいずれか大きい方となっている。違反は年ごとに計算され、違反の時効は6年(注2)であることから、6年間故意による違反を続けると、6年x 50% = 300%と口座残高の3倍ものペナルティーを受ける危険性もある。なお悪質な場合には刑事罰の対象にもなり得る。
故意か故意でないかの分かれ目としては、このWillfulの定義が要となる。判例ではWillfulは次のように説明されている。
“anyone who did not disclose a foreign account and filed a personal income tax return with the wrong box checked could be found to be willfully failing to file the FBAR return.
すなわち、「私は海外金融資産はありません」と個人申告書でのボックスにチェックを入れてしまい、その後に銀行口座を開示するべきだったと判明する、こういったありそうなケースにおいても「故意による違反」との判定が下されてしまうのである。よって要注意に対応する必要がある。
3. 申告遅延の対処方法
申告が遅延した場合の対処方法は2通りある。1つは通常のFBARの申告方法で遅延理由を明らかにして過年度申告を行う。罰則は上記の通りである。
もう1つは海外資産自主開示プログラム(OVDP)という和解制度である(2013年10月号ニュースレター参照)。OVDPは、マネーロンダリング犯罪者を、「自白」させるのが目的として始まったのだ。申告者としては、同プログラムを通じて税務当局と和解、刑事追訴のリスクを回避できるメリットはある。しかし、全ての保有資産の27.5%を上限とする和解金を科せられる危険性がある。この全ての保有資産には、金融資産だけでなく海外の不動産や自動車などの非金融資産も含まれるので注意が必要だ。ただし、OVDPを選択したが当局から提示された示談金の条件が良くない場合には、通常のFBARの税務調査ルートに戻ることも可能である。
4. 未申告のまま放置することは危険
海外資産開示義務はもともとマネーロンダリング対策で導入されたが、現在は国外への資産隠しや脱税を防ぐというより一般的な目的にまで広がっている。海外資産の捕捉のため各国の国税当局や海外銀行との連携強化が進む中、海外金融資産および収入を未申告のままに放置するのは危険を伴う行為と言える。そのため翌年の6月30日までには必ずFBARを電子申告するとともに、未申告なものがあればまず法律の専門家に相談してから次のアクションをとるべきである。
(注1)183日テストとは、当該年度に最低31日以上米国に滞在し、かつ、3年間の実質滞在日数が183日以上である場合に米国居住者として取り扱う決まりのこと。3年間の実質当該日数は、(1)当該年度の滞在日数、(2)前年度の滞在日数に3分の1を乗じた日数、(3)前々年度の滞在日数に6分の1を乗じた日数の合計。
(注2)2014年6月末時点で2008年以降の報告が対象となる。なお、悪質な場合には時効はない。
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