会計税務情報2013年9月号
永野森田会計士事務所
米国の退職給付制度の概要
アメリカにおける退職給付制度への関心が年々高まっている。日本と同様、政府の財政再建および経済の見通しが見えず、退職後のライフを心配する米国民が増えているからだ。アメリカの退職給付制度は、公的年金であるSocial Security、私的年金である個人年金(IRA)及び企業年金(Qualified Plan)に大きく分けられる。Social Securityには、原則全員が加入することになっているが、給付水準が必ずしも十分とはいえず、さらに年金財政への不安を抱く人も多い。このため私的年金プランも様々なものが税制上の優遇措置を伴って設定されている。今月号は、アメリカの年金制度とその税制上の扱いについて概説したい。
A. Social Security
日本の国民年金制度に近い公的年金制度である。主な内容として、OASDI(Old-Age, Survivors, and Disability Insurance)と呼ばれる退職、遺族及び傷害保険と高齢者医療保険(Medicare) がある(OASDI部分のみをSocial Securityと呼ぶ場合も多い)。保険の負担は、被用者の場合、労使折半でありOASDI部分とMedicare部分が分離して算出され、被用者負担分は給与から源泉徴収される。原則、米国税法上の居住者の所得に対して課税されるが、日本企業の駐在員等は日米社会保障協定により免除される場合がある。2013年のOASDI部分の被用者の料率は原則所得の6.2%である(但し、一定の上限あり)。Medicare部分の料率は、上限なしで原則所得の1.45%であるが、高額所得者に対してはオバマケアにより2013年から、0.9%が上乗せされている。なお、このOASDIとMedicareの負担は、雇用者側は、事業所得の計算上費用とすることができるが、被用者側は、日本の社会保険料と異なり連邦所得税の計算上控除できない。
退職保険は、被保険者が原則66歳に達した場合に給付を受けることができる。OASDIの受給資格を得るためには原則10年の加入期間が必要である。遺族保険は、被保険者が死亡した場合、60歳以上の配偶者や18歳以下の独身の子供がいる時に支給される。傷害保険は、被保険者が病気や傷害で通常の生活や就労ができない場合、年齢に関係なく支給される。メディケアについては、66歳に達しOASDIの給付を受けている場合は自動的に受給できる。退職給付についても、雇用者負担分が存在するためか完全に無税でなく、調整後総所得に非課税利子所得及び退職給付の1/2を加算した金額が、$32,000以上の場合は、退職給付金の最大50%、$44,000以上の場合は最大で85%が連邦所得税の課税所得に算入される(夫婦合算課税の場合)。なお、州のレベルでは、多くの州が退職給付を課税対象にしていない。
退職保険の給付水準は、過去の記録から年間の給与額が高い順に35年間分を抽出し、物価上昇率を加味した当該35年間分の平均月額給与を基準にして決定される。この方式によると66才給付開始の場合、2013年度における最高額は$2,533/月、62才開始選択の場合は$1,923/月、70才選択の場合は$3,350/月となる。但し、退職者が給付を受けている実際の平均給付金額は$1,230/月(2012年)となっており、給付開始年齢も考慮すると必ずしも十分とはいえない状況にある。
B. IRA(個人退職基金制度)
公的年金を補完する私的退職プランは、企業年金で利用されるQualified Plan(適格退職給付制度)と個人退職プランであるIRA(Individual Retirement Arrangements、個人退職基金制度)に大きく分けることができる。
そのうちIRAはもともと企業年金を利用できない自営業者や中小企業社員のための個人退職プランで、金融機関の窓口やウェブサイトで開設できる。IRAの代表的なものには、Traditional IRA、Roth IRAがある。
1. Traditional IRA
個人納税者は、自己の開設したTraditional IRAへの一定の拠出金額を所得から控除することが認められている。拠出が認められる上限は原則$5,500、50歳以上$6,500(2013年)となっている。但し、Qualified Planに加入している場合は、所得に応じて段階的に控除可能額が減少する。2013年は夫婦合算の場合、加入している配偶者側の控除額減額は$95,000から始まり、$115,000で所得控除の恩恵がなくなる。しかし、所得控除の可否に関係なく、拠出自体は最高限度額まで可能である。Traditional IRAに拠出した元本とその運用から得られる利益の両方を非課税で運用できるが、IRAから資金を将来引き出す場合は、その引き出された金額は課税所得を構成する。さらに、59.5歳になる前に資金を引き出す場合は、通常の課税に加えて10%の罰金が課せられるので、注意が必要である。Traditional IRAの最大のメリットは、税金の課税のタイミングが将来に繰り延べになることにあり、所得が拠出時よりも引き出し時に少ない場合には低い税率区分が適用になるというメリットもある。
2. Roth IRA
Roth IRAは、Traditional IRAとは異なり拠出時には所得から拠出額を控除できないが、引き出し時に拠出した資金とその運用益が非課税となる。59.5才より以前に運用益部分を引き出す場合は、当該運用益部分は原則課税され、さらにペナルティが課される。但し、引き出しは元本から行われると見做されるため、拠出時に課税済みとなっている元本に関する引き出し開始の年齢制限は実質上ない。上述したようにTraditional IRAは所得により拠出金額の上限は変化しないが(所得控除可能額は変化する)が、Roth IRAは所得や個人確定申告のステータス(単身、夫婦合算等)により、拠出できる金額が制限される。2013年は、夫婦合算で申告する場合は、所得が$178,000未満までなら$5,500を拠出できるが、$178,000から$188,000未満まで段階的に拠出金額が減額され、$188,000以上になると拠出可能金額がなくなる。
3. 拠出期間
Traditional IRA、Roth IRAとも拠出期間は、その年の1月1日から翌年の4月15日(土日と重なる場合は次の月曜)までである。従って2013年の拠出期間は、2013年1月1日から2014年4月15日となる。
C. Qualified Plan (適格退職給付制度)
1. 定義とプラン例
Qualified Planとは、IRC(the Internal Revenue Code-内国歳入法)、DOL(the Department of Labor-労働省)及びERISA(the Employee Retirement Income Security Act-被用者退職所得保障法)の要件を満たした企業退職給付制度であり、一定の税務上の特典が付与される。Qualified Planには確定給付型(雇用者が一定の給付水準を約束するもの)と確定拠出型(雇用者が一定の拠出を約束するもの)があるが、確定給付型の年金プランは減少しつつあり、確定拠出型が主流になっている。
確定拠出型プランには、各種の形態があるが例を挙げると以下のようなものがある。
1) 401(k):
雇用者と従業員双方が基金に拠出することを前提としたプラン。従業員は所得税の計算上、拠出分を所得控除できる。
2) SIMPLE(Savings Incentive Match Plans for Employees) IRA:
従業員が100名未満の中小企業用のプランで雇用主がSIMPLE用に設定したTraditional IRA (SIMPLE-IRA)に拠出するプラン。雇用主には一定額の拠出が義務づけられ、また、従業員からの所得控除の対象となる拠出が認められる。
3) SEP(Simplified Employee Pension):
雇用主がSEP用に設定した自身又は従業員のTraditional IRA(SEP-IRA)に拠出するプラン。従業員からの所得控除の対象となる拠出は認められない。実際には従業員がいない企業主に利用されることが多い。
4) ESOP(Employee Stock Ownership Plan):
雇用者が自社の株式を基金に拠出するプラン。
2. 401(k)の概要
確定拠出型の典型で日本でもよく話題になる401(k)の制度概要は以下のようになる。まず、401(k)プランへの拠出金は、上述したように税引前の所得額から差し引かれるため、非課税のまま拠出される。自己の拠出分、雇用主負担分及び運用益に対する課税は、401(k)プランから金額が引き出された時点で初めて行われる。従業員の年間拠出限度額は、$17,500(2013年)であり、50才以上の加入者はさらに$5,500まで追加拠出できる。但し、雇用者と加入者の拠出金を合わせた場合に$51,000又は年間給与額を越えるような拠出はできない。
401(k)は確定拠出型退職給付制度であり、拠出金を全体として管理するため一般的に信託(trust)は設定されるが、その中で従業員個々人のアカウントが設定され、各人に帰属する金額が厳密に管理されている。プラン加入者自身が自身に属する資金の投資先を信託先が準備した各種の選択肢から選択する。運用状況を見ながら投資先の変更などを判断するので、退職給付金額はプラン加入者の投資判断によって変化する。
なお、401(k)にはロールオーバーと呼ばれる口座の移し替えが認められており、この場合には引き出しとは見做されない。このためプラン加入者が転職した場合、次の雇用先の401(k)プランやIRAなどに無税で移行できるため、継続して投資が可能である。
以上のように、アメリカの退職給付制度は、かなり複雑であり、アメリカの退職給付制度に加入されている方には一度どのような給付の受給資格がいつ頃発生するのか、また、将来の給付は各種プランを合わせるといくらになるのかシミュレーションしてみることをお勧めしたい。
(注意)本稿は米国の退職給付制度の概要を紹介するものであり、個別の事例の判断には利用しないでいただきたい。具体的な事例に関しては、個々に専門家にアドバイスを仰いでもらいたい。
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