会計税務情報2013年3月号
永野森田会計士事務所
移転価格ドキュメントの作成現場より-比較対象データ利用の注意点
移転価格税制について対応策を備えなければいけない時代が到来している。米国進出日系企業は、米国内国歳入庁(IRS)による税務調査の対象となった場合、移転価格問題についても精査される可能性は十分にある。その背景として、IRSでは、2010年10月の再編時、旧Large and Mid-Size Business division (LMSB)が、Large Business and International division (LB&I)の新名称の下、多くの国際税務担当職員を抱える所帯となり、かつ従来の一般的な税務調査と併せて、移転価格調査を行う能力を持つ組織に生まれ変わったのである。このLB&Iによる税務調査の対象となるのは、総資産$10,000,000以上の株式会社法人となる。最近の動向としては、LB&Iによる税務調査を受ける際、税務調査資料請求通知(Information Document Request -or “IDR”)受領より、30日以内(若しくは税務調査の最初のミーティング迄)に移転価格ドキュメントを提出する旨を、求められるようになっている。このように従前の「移転価格も検討する」とした時代から、初めから「移転価格ありき」と考える新体制に移行したといえる。今月は、こうした流れの中、移転価格ドキュメント方法の最新事情について伝えたい。
1. 移転価格ドキュメントと比較対象会社の選定
米国における移転価格ドキュメントは、内国歳入法(Internal Revenue Code)第482条、及び並びに第6662条並びに関連財務省規則の財務省規則に沿って書かれた要式的形式的(formulaic)なレポートである。その趣旨は、企業の移転価格コンプライアンスを、財務省規則が定めた手順にて検証することにある。ここで重要なことは、移転価格コンプライアンスを、税法そのものに照らし合わせて検証するのではなく、独立企業間取引を物差しとし、関連者間の価格(利益)設定と非関連者間のそれを比べるという行為を通して検証するということである。これが、移転価格がfact specificと呼ばれる所以であり、この点につき、”移転価格”の特徴を以下のよう様にまとめることができる。
“Transfer pricing is fact specific – the parameters used to measure statutory compliance are not derived from the codified language of the Internal Revenue Code and the relevant administrative regulations; rather, they are derived from the arm’s length principle, a highly interpretative, international standard that, by reference to the working of the open market, evaluates appropriate remuneration for related-party transactions.”
(移転価格コンプライアンスの判断に用いられる基準は、成文化された内国歳入法や財務省規則に由来するのではなく、自由競争の原理に基づき関連者間の適正価格を評価する「独立企業間原則」と呼ばれる国際概念に由来する。)
この「独立企業間原則」は、古くから移転価格税制の基本原則として扱われており、1933年制定の国際連盟(the League of Nations)最初のモデル租税条約の移転価格条項においても言及されている。
ところで、このように「独立企業間取引を物差し」とする方法を、実務レベルにおいて当てはめようとすると、比較対象となり得る独立企業間の取引自体を確認しなければならないという、非常な困難な作業が待ち受けている。従って、実務レベルで多くの場合取られている手法としては、スタディ対象企業の利益率を、同業他社の利益率と比較するCPM(Comparable Profits Method)法である。比較対象に用いられる同業他社(比較対象会社と呼ぶ)の選定に当たっては、様々なソースが用いられる。そうした中、スタンダード&プアーズ(S&P)提供の企業データベースであるCompustat®が米国の移転価格実務においては最も広く利用されている。
(CPMについては、当ニュースレター2012年4月号を参照されたい。)
http://www.nagano-morita.com/news.php?itemid=337&catid=20
2. Compustat®データに基づいたCPMスタディに多く見られる注意点
多くの米国移転価格実務家は、Compustat®の企業データをResearch Insight℠と呼ばれるアプリケーションを用いて分析している。そして、比較対象会社の選定の際には、Research Insight℠のデータをエクスポートしたExcel spreadsheetを用いることが多く見られる。Compustat®は、市場・企業分析用に広く用いられているが、もともと移転価格スタディ用に開発されたデータではないことに留意すべきである。このため、Compustat®から抽出したデータを、そのまま使ってCPM法での下、移転価格スタディを行うことはできない場合が多い。Compustat®データを移転価格スタディに用いる際には、以下の点に注意が必要である。
1) 減価償却費の扱い
Compustat®は、企業の減価償却費が財務諸表のどのセクション(例:売上原価のセクション、販売管理費のセクション)に含まれているか有価証券報告書にて開示されていない限り、① 売上原価から減価償却費を差し引き、② ①において差し引いた額を販売管理費に加える、という調整を自動的に行っている。従って、Compustat®から出力された損益計算書の多くでは、売上原価は過少報告され、販売管理費は過大報告される、という傾向が見られる。
2) 決算報告書の修正の反映
Compustat®から財務諸表を出力する場合、例えそれが修正報告書が提出された年度(修正年度)であっても、特に指定しなければ、修正前のものがアウトプットされる。このため、修正年度につき分析しつつも、修正前のデータを用いている移転価格スタディが散見される。
3) 事業所得標準化のための調整
移転価格スタディでは、一時的に発生したコストや、スタディ対象年度の事業所得に直接関係ない関らないコストを排除し、各企業が本来の事業から得た利益のみを考慮することを目標としている。このため、減損会計処理、組織変更、リストラ、無形資産の償却、確定給付金型年金に関る一部のコスト等を、スタディ対象会社及び比較対象会社の損益計算書からは排除する必要がある。この点、Compustat®から出力された損益計算書の事業所得には、無形資産の償却、確定給付金額年金関係コストが含まれてしまっているため、これら項目に関するアイテムにつき、調整を行う必要がある。
以上のように、移転価格ドキュメントを作成する場合、市販データの限界を認識しつつ、必要となる調整事項を知悉していることが肝要となる。
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