会計税務情報2013年1月号
永野森田会計士事務所
「財政の崖(Fiscal Cliff)」の回避法と税務上のポイント
オバマ大統領は1月2日、減税失効と強制的な歳出削減によるダブルパンチ、「財政の崖」の回避に向けた法案に署名した。すでに米議会の上下両院は1日に法案を可決している。この法案により、年収$450,000を下回る世帯を対象に所得税などの減税が恒久化される。また財政再建を目的に法制化され1月2日に始まる予定だった強制的な歳出削減は、開始が2カ月遅れる。さらには失業保険給付を1年間延長することなども決まった。新年号では、この土壇場で回避された「財政の崖」について法案の可決までの経緯とその税務上の影響について考察したい。
1. 回避法案可決までの経緯
昨年12月末までもつれ込んだ財政の崖回避のための回避法案合意に向け、オバマ大統領は12月27日、休暇先のハワイからワシントンに戻り、議会との協議を再開していた。そして12月28日、ホワイトハウスにて野党共和党のベイナー下院議長、与党民主党のリード上院院内総務と会談、行き詰った状況を打開するため、議会で回避案を纏めるよう改めて要請した。これを受けて、議会上院の与野党幹部にバイデン副大統領も加わり、回避案の合意に向け協議を続けられたが、増税対象となる富裕層の年収などをめぐり民主党・共和党双方の折り合いはつかず、30日の協議は見送られた。その後、期限最終日となる31日の夜を迎えて、議会上院の与野党幹部とバイデン副大統領が回避案の合意に達する。
議会上院(Senate)は年が明けた1日午前1時すぎにようやく賛成89票、反対8票の賛成多数で法案を可決した。法案はその後議会下院(House of Representatives)に送られたが、下院で多数を占める野党共和党の保守派議員が、上院の超党派法案は歳出削減が十分でないと反発し、修正法案の提出に動くが、可決に必要な票数が得られないと判断、上院が可決した超党派法案の採決を受け入れた。そして1日深夜に下院で採決が行なわれ、賛成257票、反対167票の賛成多数で法案は可決されたのである。
以上のように、アメリカは1日だけ「財政の崖」から転落した形となった。可決された法案は遡及して適用されると規定しているため、遅れによる悪影響はほとんどない。そして1月2日のニューヨーク株式市場は、財政の崖による景気への打撃が回避されたことを好感し、ダウ平均株価は昨年末の終値を$300以上超える大幅な値上がりとなり、今年最初の取引を終えたのである。
2. 成立した合意の主なポイント
A. 個人所得税
1) 所得税率
今回の合意では、中間所得層に対する減税を恒久化し、現行累進税率(10%, 15%, 25%, 28%, 33%, 35%)を維持、新たに最高税率の39.6%が夫婦合算申告者の$450,000以上(夫婦別申告者の場合は$225,000以上)、独身の$400,000以上、特定世帯主(head of household)の$425,000以上の所得に課されることとなった。当初オバマ政権は、夫婦合算申告者で$250,000以上としていたので年末の共和党との交渉過程で$200,000程度となる金額が増加したことになる。
2) 人的控除(personal exemption)と項目別控除(itemized deduction)
いわゆるブッシュ減税とその後の時限立法により、停止されていた人的控除(日本の基礎控除、扶養控除等に相当)と項目別控除の逓減(phase-out)が2013年より復活し、夫婦合算申告$300,000以上(夫婦別申告は$150,000以上)、独身$250,000以上、特定世帯主$275,000以上の納税者に対して所得に応じて人的控除と項目別控除が段階的に減額される。
3) 長期キャピタルゲインと適格配当所得の税率
長期キャピタルゲインと一定の条件を満たした適格配当所得の税率は通常所得の金額が39.6%のタックスブラケット(所得区分)に入っている納税者は20%となり、さらにMedicare contribution tax 3.8%が加算され23.8%となる。(Medicare contribution taxについては前月号を参照されたい)通常所得のタックスブラケットが中間層の納税者の税率は15%(あるいは18.8%)、タックスブラケットが10%と15%の納税者は0%となる。
4) 代替ミニマム税(Alternative Minimum Tax – AMT)
AMTとは、一定の控除額以上の所得に対して最低限28%(一部は26%)の課税がされるよう通常の所得税とは別に税額を計算するシステムである。1969年の導入以来、租税上の優遇措置等により通常の所得税の計算によると極端に実効税率が低くなるような場合の補正措置として機能してきた。当初は高額所得者に対する課税を想定しており、AMT計算上の所得控除額(AMT exemption)もそれに対応して設定されていたが、インフレ調整条項はなかった。そのため所謂“AMT-Patch” を毎年度議会が議決して、AMT exemptionを引き上げることにより、中間所得層に代替ミニマム税がかからないよう調整してきた。2012年については未だこのAMT-Patchが制定されていなかったため注目を集めていたが、今回このAMT-Patchがインフレ調整条項付きで恒久化されることとなった。2012年については夫婦合算申告$78,750、独身$50,600のAMT-Patch額が2012年1月1日に遡って適用される。
5) 子女税額控除(Child Tax Credit)
年度末において17歳未満の適格扶養子女がいる場合に税額を控除できる、一人当たり$1,000の子女税額控除が恒久化された。(控除しきれない場合のリファンド規定については2017年まで延長)
B. 給与税(Payroll Tax)
オバマ政権になってから実施された減税策である。これまでは、社会保険税(Social Security Tax)の従業員負担税率が6.2%から4.2%に軽減されていた。この軽減税率が2012年度末をもって終了、2013年からは6.2%の社会保険税が源泉徴収される。先月号でも触れたように、この減税の失効についてはあまり議論にならなかったが、影響する範囲は広く、2013年1月からは多くの人にとって2%の負担増となる。なお、2013年の社会保険税の課税報酬額上限は$113,700である。
C. 遺産税と贈与税(Estate and Gift Tax)
2012年12月31日より後に死亡した納税者の遺産について、現行の遺産税と贈与税の課税控除金額である$5,000,000が保持されたが、税率は現行の最高35%から最高40%へ上昇した。2012年の控除金額はインフレーション調整により$5,120,000となっていて最高35%の税率で課税される。なお、以上はアメリカ市民を前提にしており、グリーンカード保持者やその他のビザ所有の者で、日本国籍を持つ者はこの限りではないので注意を要する。
D. 法人税(Corporate Tax)
法人税でも研究開発費控除やボーナス減価償却そして内国歳入法179条(Section 179)適用資産の控除上限額の延長等数多くの控除や規定が2013年度末まで延長されたが、紙面の都合上ここでは割愛する。
E. その他
失業保険給付(Unemployment Benefit)
そのままでは2012年末で打ち切りとなる事になっていた長期失業者向けの失業保険給付が1年間延長された。
3. 今後の課題
以上見てきたように、中間層までの納税者に対してはブッシュ減税が延長された形になっている。最も増税の影響が大きいものは、オバマ政権時代に行われた給与税2%減税の終了かと思われる。この意味では多くの納税者にとって「財政の崖」の一要素とされた増税は最小限で収まったといえる。しかし、アメリカ経済全体としてみると、「財政の崖」をいったん回避するにはしたが、予算の強制削減については2ヶ月執行を猶予されたに過ぎない。アメリカの財務省は、「今後2ヶ月で政府の債務総額が法定上限に達し、上限が引き上げられなければ、デフォルト(債務不履行)に陥るおそれがある」と警告している。今後もしばらく「財政の崖」がアメリカを悩ませることになりそうであり、行方を注視していきたい。
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