会計税務情報2012年7月号
永野森田会計士事務所
アメリカの医療保険改革と税法改正
先日6月28日に連邦最高裁でオバマ大統領の医療保険改革法(The Patient Protection and Affordable Care Act (“PPACA”))に合憲判決が下された。個人に対して健康保険加入を義務付けているとされる条項が、今回最大の論点になっていたと言える。最高裁は、この点につき「健康保険を取得しない一定の個人に対して金銭的ペナルティの支払を求めることを税金と位置づけるのは理にかなっているといえる。連邦憲法はそのような税金を認めている。」と判示した。 Individual Mandate(個人加入義務化)条項は、実は国民に保険の購入を強要するものではなく、一定の所得がありながら保険に加入しないことを選択する国民への増税であると解釈できる。そして、米国憲法の通商条項の下では、個人に対して健康保険への加入を義務付けることは容認できないが、憲法の課税条項の下では、この様な徴税は認められるという判決理由である。ちなみに、このIndividual Mandate条項は、USC Title 26 Subtitle D、つまりInternal Revenue CodeのMiscellaneous Excise Taxの下に規定されており、このこともそのような理由付けを導いた一因となっている。(なお、Excise Taxは物品税と訳されることもあるが、この場合は単に「政策的課徴金」程度の意味しか持たない。)これにより、既に部分的に実行されている医療保険改革法が継続して施行されることになる。米医療保険改革法の主眼は、より多くの国民が医療保険にアクセスできるようにすることにあるが、その方策として上述のIndividual Mandate条項を始めとするかなり多くの税法改正を伴っている。今月号は、医療保険改革法で予定されている税金に関わる主な条項とそれらの時系列を紹介したい。
1.医療改革法の施策
医療改革法の施策は、法律が成立した2010年3月から2015年までの長期間にわたり順次実施されることになっている。既に施行されている主要な条項には、雇用主が提供する医療保険は、被雇用者の26歳までの扶養家族も給付対象にしなければならない;医療保険により自己負担額なしに特定の予防的ケアを受けることができる;保険会社は個人が生涯で使える基礎的医療給付額に上限を設けられない;既往症がある19歳未満の子供を保険から排除してはならないといったものがある。これに加え、2014年からは、1)年齢に関わらず、既往症のある者を排除してはいけない、2)州が運営する“exchange”という保険市場で医療保険を購入できるようになり、低所得世帯は、購入のための補助を受けることができる、というような内容が追加される。(その他の施策の内容とその実施時期についてはhttp://www.healthcare.gov/law/timeline/index.htmlを参照されたい。)
2.医療改革法の施策の履行を担保するための税法改正
上記の医療改革法の施策の履行を確実にするため、以下のように2013年以降報告義務が強化されるとともに、2014年からは個人に対するIndividual Mandate条項や一定水準の医療保険を提供しない雇用主に対してペナルティが課されるようになる。
2013年
* Form W-2 Reporting of Employer-Sponsored Health Coverage
雇用主は2012年のW-2(源泉徴収票)上で、雇用主が提供している健康保険のコスト の報告開始
(2011年のW-2の人数が250名以下であれば免除される。)
2014年
* Form W-2 Reporting of Employer-Sponsored Health Coverage
前年度免除になっていた雇用主も報告開始
* Individuals Required to Obtain Healthcare or Pay Penalty
企業の提供する保険や政府管掌保険(Medicare, Medicaid)に入っていない個人は"Minimum Essential Health Coverage"を満たす保険に加入しなければならない。加入していない場合のペナルティー(課税)は、移行措置として2016年まで3年間で以下のように徐々に増加する。
単身の場合 家族の場合
(どちらか高い方) (どちらか高い方)
年 最低額 所得の% 最低額 所得の%
2014 $95 1.0% $285 1.0%
2015 $325 2.0% $975 2.0%
2016 $695 2.5% $2,085 2.5%
なお、一定の低所得者とその家族については保険料の支払いが所得の一定率を超えないように州からの援助がなされる。
* Employer Penalty for Not Providing Coverage
雇用主が保険を提供していない場合
50人以上のフルタイム相当従業員の雇用主(“Large Corporation”)が保険を提供していない場合において、従業員が一人でも州の“Exchange”プログラムで保険を購入し補助を受けている時は、全フルタイム従業員数を対象にペナルティ-が課される。具体的には、一人当たり$2,000/年のペナルティが月割りで課されるが、最初の30人までは免除される。例えば、フルタイム従業員60人がいる会社が一ヶ月保険を提供していない場合のペナルティーは、(60-30)人 x $2,000 x 1/12=$5,000(年間$60,000)となる。
雇用主が保険が支払可能でない場合
雇用主が提供していても、個人負担の割合が世帯所得の9.5%を超えている、若しくは雇用主の負担が60%以下等で保険の内容が個人にとって“Affordable”でないために従業員が州の“Exchange”プログラムで保険を購入し補助を受けている場合、は雇用主に対してペナルティーが課せられる。この場合のペナルティー(月額)は以下のどちらか低い方である。
1.上記の保険を提供していない場合と同一の計算方法
2.1/12 x $3,000 x (フルタイムの従業員で補助を受けている者の人数)
* Employer Must Report Health Coverage Information
IRSへ以下のような情報を報告する義務が生じる
月々のフルタイム従業員の情報
雇用開始から保険加入までの待機期間
暦年中で健康保険を提供していた月
健康保険プランの各カテゴリーにおける月々の最低保険料
健康保険プランで給付対象となる医療費の雇用主の負担割合等
この報告書を提出する義務のある者は、従業員へも各々の従業員に関係する上記の内容を開示するとともに保険会社の名前、住所、電話番号を併せて提供しなければならない。
3.医療改革法のコストをまかなうための税法改正
また、医療改革法の各施策のコストをまかなうため以下のような増税策が予定されている。
2013年
* Health flexible spending arrangements (FSAs)
カフェテリアプランに入っていることが多いFSAにおいてプラン年度中で医療費に充当できる額の上限を$2,500に制限(2014年以降はインフレーションの調整あり)
* Additional hospital insurance tax on high-income taxpayers
高所得者の労働所得に対して0.9%の増税。個人で$200,000以上、世帯で$250,000以上が対象となる。
* Medicare tax on investment income
高所得者の不労所得に対して3.8%の増税。調整後総所得(Modified Adjusted Gross Income) が 個人で$200,000以上、世帯で$250,000以上 (年金等は除く)が対象となる。
2018年
* Health Insurer Excise Tax on High-Cost Plans
雇用主が提供している保険料が一従業員につき個人で$10,200、世帯で$27,500を超過した場合には40%のExcise Taxが課せられる。
以上のように医療改革法は思いのほか税法に影響を与えている。従来から医療保険を提供してきた雇用者についても要件を満たしているか否か保険内容の確認が必要となると思われる。更に、報告義務も怠ると相当な額のペナルティが課されることになっており対応の準備が求められる。
(注意)本稿は医療改革法の概要を紹介するものであり、個別の事例の判断には利用しないでいただきたい。具体的な事例に関しては、個々に専門家にアドバイスを仰いでもらいたい。
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更新日: 2012年07月04日