会計税務情報2008年3月号
永野森田会計士事務所
米国の医療貯蓄口座(HSA)と税制について
米国のタックス・シーズンになると、比較的話題に上るのが、医療保険制度に関するものである。米国の医療保険制度では、国民皆保険の日本の健康保険とは異 なり、5千万人近くの無保険者が存在すると言われる、多くの問題を有していると指摘されている。そのため、これまでの大統領選でも度々争点になってきてい る。今月の会計税務情報では、米国の医療保険制度のなかでも焦点になり易い医療貯蓄口座(HSA)について税制との関わりから述べてみたい。
1. Above the Line Deductionと項目別控除
医療保険料の申告書上の基本的取り扱い方について説明する。まず、自営業者の場合は、個人加入等の医療保険料を個人申告書Form 1040 のAbove the Line Deductionとして控除することになる。このAbove the Line Deduction とは、Form1040の一頁目における調整後総所得AGI(Adjusted Gross Income)の計算において、AGIの上で控除できるもののことを言う。後述の別表Schedule A におけるItemized deduction としての医療費控除は、Form 1040 の二頁目、AGIの計算後の控除となるが、このItemized Deduction は標準控除Standard Deductionを超える場合に選択される控除であるため、一般にAbove the Line Deductionの方が有利とされている。さらに、自営業者は、その配偶者および扶養家族の医療保険料負担額もAbove the Line Deductionとして個人申告書上控除が可能である。
一方、通常のサラリーマンを含む、雇用主によって助成された医療保険に本人あるいはその配偶者が加入する資格のある場合、それは任意加入による医療保険と みなされて、医療保険料はAbove the Line Deductionとして控除することはできず、Schedule A におけるItemized deductionとしての医療費控除となる。つまり、Above the Line Deduction とは異なり、控除可能額は、AGI の7%を超え、かつStandard Deductionを超えなければならないという、二つの制限が付くのである。
このように、自営業者の方が従業員よりも、支払う医療保険料については税制上の恩恵を受ける形になっていた。
2. 医療貯蓄口座HSA(Health Saving Accounts)
こうした制度上の不均衡を是正するための一つの手段として、2003年12月にHSAと呼ばれる医療貯蓄口座制度が、現ブッシュ大統領のもと調印された。 HSAへ拠出した金額は、一定額まではAbove the Line Deductionとして控除できるようになったのである。HSAとは、個人が医療費支払のために開設する口座で、会社保険が高額免責医療保険 (HDHP;High-Deductible Health Plan)に加入している場合に開設できる。医療費支出のためこの口座から受取る金額は非課税となり、IRA(個人退職基金口座)とは異なり利子も非課税 である。医療費以外への支出は個人の課税対象となり、さらに10%のペナルティが課されるが、HSAの未使用残高は翌年以降に繰り越される。
HSAは、通常の医療保険よりもその対象が広く、処方箋無しで薬局にて購入した薬、眼鏡・コンタクト、歯医者、針・灸などの費用もHSAから支払うことが できる。また雇用主は、HSAへの拠出金提供の義務は負わないが、拠出した場合にはその金額は法人申告書上控除対象となる。
HSAは、医療保険が高額免責医療保険への加入を前提とするため、加入している従業員の自己負担は大きいものとなる。しかし、上記のような法人、個人双方にとって節税効果もあり、比較的健康で経費節約に関心の高い個人にとっては魅力のあるプランといえる。
3. おわりに
市場原理に基づく米国の医療保険制度は、加入プランによって使用範囲が様々であったり、日本にはない免責額(保険会社側にとり支払免責される額)の設定が あるなどの理由から、多くの無保険者を生んでいる。一方、人任せになりがちな日本の国民皆保険制度とは異なり、HSAのようなプランを提供することで自身 の健康や節税に対する国民の意識を高めようという所に特徴があるといえる。
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更新日: 2008年03月07日