Nagano Morita, a Division of Prager Metis CPAs
NAGANO MORITAは、プレーガー メティス米国会計事務所の日系部門です。
会計税務情報 2025年10月15日号
Nagano Morita, a division of Prager Metis
We play for October。10月、アメリカの野球場は熱狂に包まれる。米国メジャーリーグ(MLB)の頂点を決するポストシーズンの季節だ。日本でもテレビやYouTubeを通じて、日の丸を背負った侍たちの活躍を目にすることができる。しかし、MLB選手たちがグラウンドの外でもう一つの戦いを繰り広げていることをご存知だろうか。税務という名の闘いである。高い年俸を得ているメジャーリーガーたちは、年間を通じて複数の州で試合を行っている。そのため各州において多額の所得税を払っているのだ。その課税根拠となるのが、いわゆる 「Jock Tax(ジョック税)」 である。今回はその仕組みを簡単に紹介したい。
大谷翔平選手をはじめとするメジャーリーガーの場合、所得の源泉地(州)は基本「試合のあった州」となる。それが米国各州のネクサス(つながりと確定申告義務)の考え方である。ホームとアウェイを繰り返すことで、所得のネクサス源泉地は十数州に及ぶことが多い。例えば大谷選手の場合、2025年レギュラーシーズン計162試合のうち、本拠地であるドジャースタジアムでの試合は81試合、アウェイは81試合であった。このアウェイ試合のうち37試合は、カリフォルニア州以外の13州プラス日本(2025年東京シリーズの2試合)で行われた。つまり、一般的な会社員のように毎日同じオフィスで働くのとは違い、シーズンの大部分は他州への「出張」扱いであり、そこで所得が発生することになる。
このように複数州で試合を行うスポーツ選手に課される所得税が「Jock Tax(ジョック税)」である。「Jock」とは男性アスリートを指す俗語だが、この税はMLBだけでなく、NBA、NFLなどのプロ選手が本拠地以外の州で活動する際に課される州所得税を指す。さらに、対象は選手だけではなく、チームスタッフや巡業するバンドや歌手といったエンターテイナーにも及ぶのである。
算定方法は以下の通りである。
年俸 × (州内でのDuty Days ÷ 全Duty Days) = 当該州で得た所得
※Duty Daysとは、試合日だけでなく練習やミーティングなどに費やした日数も含まれる。
米国50州およびワシントンD.C.の多くがJock Taxを導入しているが、州所得税そのものが存在しないテキサス州、フロリダ州、ワシントン州、アラスカ州、ネバダ州、サウスダコタ州、ワイオミング州では課税されない。一方で、カリフォルニア州(最高税率13.3%)やニューヨーク州(同10.9%、いずれも2024年税率)は全米でも高水準の税率を課している。また、米国では市レベルでの課税はまれだが、ニューヨーク市、デンバー市、デトロイト市など一部都市では市所得税があり、居住者でなくても課税される場合がある。
カリフォルニア州にはMLB 5球団、NFL 3球団、NBA 4球団が存在し、当該州にとってJock Taxは重要な財源である。しかし選手にとっては申告が複雑になり、大きな負担となっている。さらに、課税対象は高額報酬のスター選手だけではなく、チームに帯同するトレーナーやスタッフにも及ぶため、所得に比して過大な負担となる場合があると指摘されている。また、同じ年俸でも、税率の高いカリフォルニア州(13.3%)と、個人所得税のないフロリダ州やテキサス州とでは手取りが大きく変わる。選手がチームを選ぶ際、税務上の理由が最優先されることは少ないが、契約交渉において税金対策を考慮する「賢い」選手も出てくるだろう。たとえば、テキサス州に本拠地を置くTexas RangersやHouston Astrosは、税務面で見ると、カリフォルニア州のLA DodgersやSan Diego Padresよりも、明らかな節税効果を享受できることが理解できるようになる。
10月、MLBはいよいよ頂上決戦ワールドシリーズへと突入する。その華やかな舞台の裏では、州ごとの移動、関係者の源泉所得計算、そして煩雑な確定申告が選手やスタッフを待ち受けている。ベンチ入の補欠メジャーリーガーや、絶不調に陥っているプレイヤーたちは、マスコミの脚光からは逃れても、納税義務から逃れることはできないのである。「We play for October」というスローガンの背景には、こうした厳しい現実もある。税務という新たな視点からMLBを眺めてみれば、MLB観戦が一層奥深いものになり、メジャーリーガーに対する畏敬の念も芽生えるだろう。
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